展示団体紹介 ~文芸部[時をかける文芸部]~

部長の過去作品第二弾!!

チカコ

チカコはなんだかおかしかった。チカコは異常に巨大な目を持っていたが、その目は現実のものだけを見ているわけではないように思われた。そしてかなり雄弁にものをしゃべった。有るとき母親がチカコに絵本を読み聞かせていると、チカコは母親の頭上の点をジイッと見つめていた。

 チカコちゃん、なぜ私のあたまのうえを見るの?

 おとうさんのおかおが見えるのよ。とってもしあわせそうに笑っていらっしゃるわよ。

チカコはそう答えてにこにこしていた。

母親の苦悩は大きかった。チカコの父親は仕事で遠方に行っていて、あと二ヶ月は帰ってこないのだ。

やっぱり父親が恋しいのかしら、と母親は小さく呟いた。チカコはもうぐっすりと眠っていた。

このことがあってから母親は、チカコを積極的に外に連れ出した。チカコの巨大な目は連れ出した先の色々なところを見つめた。チカコがとても楽しそうなので母親はひとまず安堵した。チカコも父親のことを言い出さなくなった。

しかしチカコは道行く人々の頭上にも人の顔を見いだした。

 おかあさん、あのひとのあたまのうえにおんなのひとが見えるわよ。あのひととキスしてるわよ。

などと言うようになった。母親は二度とそんなことを口にしないようにきつく叱りつけた。

 人の頭の上に顔が見えることなんてないのよ!

 絶対にそういうことを言わないでちょうだい!

チカコは長い間めそめそと泣き、やがて疲れて眠ってしまった。その日から母親はチカコを外に連れ出さなくなった。

一ヶ月が経った辺りで、母親は家を空けるようになった。朝早くに出掛けて夜中に帰ってくる。家の中に一人残されたチカコは辺りにある骨董品やら柱の模様やらを見つめ続けた。全く飽きなかった。骨董品や柱の模様が人の顔に見えるようだった。また時には何もない空間を凝視していた。母親が用意しておいた二食分の食事に手をつけないこともあった。しばらくは母親と顔も合わせない日が続いた。チカコは日に日にやせ細っていき、手足が枝のようになった。

やがて母親は家に誰かを連れてくるようになった。父親ではない男だった。チカコが母親の顔を戸の隙間からちらりと見たとき、隣にはその男の顔が見えた。チカコが部屋で起きていると、母親からにらまれ、部屋の戸をぴしゃりと閉められた。チカコはなにか非常に恐ろしく、心細いような心持ちがして巨大な目に涙を溜めて眠った。

チカコは夜中に目を覚ました。そして部屋の虚無の空間を凝視しだした。チカコは明け方まで一度も瞬きせずに空間を見つめていた。

男は父親が帰ってくる前日まで母親と家を訪れていた。毎晩のようにチカコは目を覚まし、空間を見つめた。

父親が帰る日。

母親はいつになくチカコに優しくした。しかし母親の頭上には父親ではないいつかの男の顔が映っている。

夜。玄関の戸を叩く音がする。母親はいそいそ出迎えた。

 お帰りなさい。

 おう。帰ったぞ。

と父親は短く答えた。

チカコが歩いていくと父親は頬を緩ませて、

 チカコ、子供は寝て無くちゃならんぞ。俺を出迎えてくれるのはうれしいがな。

続いて母親に、

 おい、なぜチカコはこんなにやせたんだ。飯はちゃんと喰わしたんだろうな。

と聞いたが、母親が二言三言ぼそぼそと答えると、

 ふん。そりゃあ大変だったな。

と安心したような声を出した。

まずチカコが眠り、父親は酒を飲んで真っ赤になって眠り、母親もやがて寝床に入った。

その晩はチカコが目を覚ますことは無かった。

次の朝、チカコは父親に散歩に誘われた。チカコは久しぶりの父親との外出がうれしくてならなかったので満面の笑みで快諾した。

歩きながら父親は

 もうすぐ幼稚園だな、

と機嫌よく口にした。

チカコも

 うん、

とにこにこして答えた。

 ねえ、おとうさん。

チカコがまたにこにこして呼びかける。

 あのひとのあたまのうえにおとこのひとがみえるわよ。

父親はガハガハと笑った。

 面白いことを言うじゃないか。他には何か見えるか?

 うん、あのね、おかあさんのあたまのうえにね、おとこのひとがみえたのよ。

父親の顔から少しばかり血の気が引く。

 それは、俺の顔じゃあないのか。

 ちがうひとよ。それにねチカコね、おかあさんとおとこのひとがよなかにだきあってたのしそうにしてるのをみたのよ。よるのたんびに。キスもしてたわ。

相変わらずチカコは微笑んでいる。父親は目を見開き、口の奥からうなり声を出していた。

 何だと、俺の留守中になんてことをするやつだ。許せない。俺が見てないと思いやがって。くそ。

と歯をがちがちいわせながら叫ぶように言った。

今や父親は巨大な木のようにチカコの前にそびえ立ち、チカコを高圧的に見下ろしていた。口からは獣のような声を出していた。

チカコはそんな父親を見て笑みをたちまち引っ込めて泣きそうな顔になった。父親がなぜ怒っているのかわからなかった。そしてチカコは父親の機嫌を直すために口を開いた。

 おとうさんのあたまのうえにも、おとうさんとたのしそうにだきあってるおんなのひとがみえてるわよ…

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